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第5回:ワイヤレスは行動を変化させ、
新しい生き方へと導いてくれる

2012/02/03 - 松村太郎

ワイヤレスという言葉は、今でこそあまり意識することもなくなった。あえて「ワイヤレス」と言わなくなってきた。それはつまり「ワイヤード」だった時代の記憶が薄れているからである。

例えば、1980年生まれの僕らの世代でも、黒いカールコードが付いた電話機の記憶はかすかだ。積極的に電話を使うようになった中学生の僕が暮らしていた我が家には、「コードるす電話」(コードレスと留守番電話をかけた商品名)で子機が2台ある環境だった。中学生の頃は男子校だったので経験はなかったが、時間さえ決めておけば彼女からの電話をキャッチして、自分の部屋で長電話をすることができた時代だ。そしてそのままPHS、ケータイと、線が無いのが当たり前の電話を1人ずつ持つようになり、電話機にくっついているケーブルと言えば充電器くらいなものだった。

現在は、スマートフォンを1人1台ずつ持ち、バッテリが長持ちするモバイルパソコン、あるいはウルトラブックの時代が幕を開けた。WiMAXやLTEなどの高速通信も普及し、パソコンのパワフルな処理能力と高速なネット接続も、完全にワイヤレス化が計られた。今生まれてくる子供達は、初めて見るコンピューターがタブレットであり、タブレットにはケーブルがない。こうしてますます、「ケーブルとは何か」「ワイヤレスじゃないものって一体何?」という考えが当たり前になる世代が広まっていくのだ。


ワイヤレス以前と以後の体験

僕の本格的なワイヤレスライフは1999年の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)での体験だった。今でこそ、街中のあらゆるカフェにWi-Fiが設置され、あるいはスマートフォンやモバイルルーターで自前のWi-Fiスポットを持ち歩くのが当たり前になってきたが、当時はまだそのような環境にはなっていなかった。しかしSFCの中にはすでにワイヤレス環境が整えられており、教室、研究室、食堂、あるいは池の畔でもインターネットに接続することができる環境だったのだ。

ここで「ワイヤレスは行動を変化させる」と言うことに気付かされた。

当時、インターネット接続は家で電話線が届く場所にあるコンピューターから夜23時以降に接続するものだった。CATVなどの定額制インターネットが普及し始めではあったが、常時接続の環境が当たり前になるのはここから3年ほど後の話で、電話回線とモデムを使って電話線(ワイヤー)でインターネットに必要なときに接続する、という使い方だったのだ。

しかしSFCでは、キャンパスの中ならどこででも、ノートパソコンを開いた場所でインターネットに接続することができる。つまり、インターネットのコミュニケーションが、リアルなキャンパスの場の中でも行なうことが出来るようになる、という体験をいち早くすることができた。これは、家の中の決まった場所で、決まった時間に使うインターネットとは違う、自由な感覚だった。

時々「SFCでは授業の教室で近くにいる人にもチャットで話しかける」とデジタルキャンパスを揶揄する声も聞かれる。今や授業をやる側の立場になってみると、声に出してお喋りをして他の生徒に迷惑をかけるくらいなら、チャットの方がよっぽど良いんじゃないか、と思うようになったけれども。

この行動の重要なポイントは、顔の見えない誰かとコミュニケーションを取るツールとしてではなく、リアルで身近にいる友人達とのコミュニケーションにも活用することができるツール、という点を明らかにしてくれているのだ。ワイヤレス化することは、その技術やそれを使ったコミュニケーションが、より生活の深いところにまで浸透する体験をもたらし、またライフスタイルへの変化をももたらしてくれるのだ。

行動を変えるワイヤレスとクオリティの高まり

このことは、匿名のインターネットから、現在のソーシャルネットワークへのシフトについて、ワイヤレスが関係していることを感じさせてくれる。つまり決まった場所からアクセスするインターネットから、いつでもどこでもインターネットにつながりサービスが利用できる環境への移行によって、人々のリアルな生活とインターネットがきちんとミックスされたとみることができるのだ。

2010年の段階で、SFCではスマートフォンの所持率も高まり、Twitter使用率も8割を超えていた。その環境で興味深かったのは、リア充(リアルな生活が充実している人たち)と非リア(ネットが生活の中心、非リア充)の境界が「分からない」と答える学生が4割を超えていたことだ。つまり、リアルが充実している人もネット上のコミュニケーションを大切にし、その逆もまたクロスオーバーしてきている。結果的に1つの現実に統合されている様子が、浮き彫りになってきた。

これまで、ワイヤレスに対する「クオリティ」という尺度は、線でつながっているものよりも劣る代わりに、場所の自由を手に入れる、と言う感覚があったように感じる。今でこそ802.11nのWi-Fiは100Mbpsを越える理論値を誇るが、少し前まで100MbpsのEthernetケーブル接続のネットワークの1/10の速度でしかなかった。しかし3GやWiMAX、LTE、802.11n等の無線技術は、もはや有線に引けを取らない十分な速度を実現した。

ワイヤレスは質が低い、という話も過去のものになった。僕が最近日本から米国に引っ越した時の経験もまた、ワイヤレスそのものの良さを改めて認識することとなった。

僕はラジオ番組の選曲や喋り手をするほど、音楽を聴くのが好きで、自宅にもアンプとスピーカーのセットを揃えて音楽を楽しんできた。しかし震災以降の節電対策でアンプの電源をコンセントから外したまま数ヶ月が経って、海外引越となった。ここで考えたのは、このセットを持って行かなくていいや、と言うことだった。

その代わりに手に取ったのが、Jawbone JAMBOXであった。手の平に収まるほどの小さなサイズのBluetooth接続スピーカーだが、一般のアパートはおろか、30人規模のプレゼンテーションを行なう会議室でも十分すぎるほどの音量を発揮してくれる。そしてその音質もまた、サイズに見合わないどっしりとしたものだ。MacやiPhone、iPadからBluetoothで音を鳴らすことができ、飛行機の手荷物として持っていっても邪魔にならないほどのサイズ。真っ赤なスピーカーはリビングの紅一点として、今日もいい音を届けてくれる。

このスピーカー、何も部屋に置きっぱなしにしている必要すら無い。パーティーに持って行ったり、車の中に持って行ったり、とにかくどこででも、気に入ったいい音を持ち運んで楽しむことができるようになったのだ。ワイヤレスの行動の変化は、そのガジェットのクオリティが高まることによって、どこでも楽しめるようになった。

先日ちょっと車で遠出をするときにも、CDプレイヤーしか付いていないカーオーディオの代わりに、iPhoneの音楽をBluetoothで楽しむにもぴったりだった。


ワイヤレスが生活にもたらすものとは

最近の僕の1日の生活を振り返ってみる。朝、腕に装着しているJawbone UP(※Jawboneの新製品、日本未発売)がレム睡眠のタイミングを狙って振動し、静かに目を覚ます。眠い目をこすりながらJawbone UPをiPhoneに差し込んでアプリを立ち上げて同期。眠りの様子をiPhoneで見ている間に、そのデータはクラウドに同期される。シンプルでデザインも良いガジェットが、iPhoneとそのアプリを通じてクラウドと連携する様子と、その簡単で手を煩わせない同期の様子は日々の快感として習慣化されつつある。

起きてシャワーを浴びると、朝ご飯を食べながらテレビのニュースを見つつ、iPadのRSSリーダーでニュースをチェックする。必要なモノはTumblrにポストしておく。そして、歩いて学校へ出かける。歩いている間に、Tumblrにポストしたニュースのピックアップに対する反応がEchofonのプッシュ通知で入ってくる。その間にもJawbone UPには、歩数などの運動強度のデータが蓄積されていく。

学校ではiPadが大活躍だ。ノートとして、あるいは辞書として、4本指を画面にタッチしてそのままスライドさせることでタスクが切り替えられるが、このときほどマルチタッチジェスチャーが便利だ、と感じる瞬間はない。狭い机の上で辞書や紙をたぐり寄せているうちに落っことしたりすることもない。取ったノートはすぐにEvernoteで同期され、きちんと保管される。

ワイヤレス化されたデバイスや環境を持っている我々。ちょうど、それぞれの端末の上でアプリが動いたり、情報を投稿したり、通知してくれたりするウェブのサービスに囲まれ続ける、あるいはそれらを引き連れて自分が移動するようになったというイメージを持っている。

いくつものサービスを使わなければならなくなって一見複雑化しているように見えるが、スマートフォンやタブレットなどの環境に統合されていく様子はむしろシンプル化したままの状態だとも感じている。一度スマートフォンやタブレットを持ってしまえば、サービスのトレンドが変わったり、新しいサービスを使おうと思った場合でも、そのままスマートフォンにアプリを追加するだけで事が済むわけだ。

新しいモバイルやソーシャルのトレンドを自分の生活の身近なところに取り込んで試すことが非常に簡単な環境。これが、ワイヤレスが行動を変化させる最も新しい姿であり、スマートフォンによってより多くの人がこの変化を手に入れることができるようになったと言える。


変化した行動を味方につけよう

ワイヤレス、線のない自由さは、様々なテクノロジーやコミュニケーション、習慣などの変化を身近なところにもたらしてくれる。もちろん急な変化に戸惑う場面があったり、その変化を辞めてしまう場面もあるかも知れない。一方で、その変化を味方につけることもできるのではないだろうか。

例えば、ワークスタイルの変化。スマートフォンとノートパソコンを持ち、オフィスを離れても仕事ができるようにするワークスタイルは、特に日本では震災以降、企業でも取り入れる動きが目立つようになってきた。コクヨは、自社のオフィスをワイヤレス、フリーアドレスを前提とした環境に作り替え、協力する企業の社員同士でそのスペースを共有する動きも見られるようになった。このように都市の機能も、ワイヤレスを駆使して動きながら仕事をする人向けに整備が進みつつある。

ワイヤレスは線を無くすことだが、無くなるのは線だけでなく、今まで必要だと思われていたこと、当たり前だと気にもとめなかったことをシンプル化するきっかけにもなっているのではないだろうか。そのワイヤレスを懐深くにまで迎え入れることは、常に自分の行動や考え方をシンプル化する努力をしながら、より効率的に、また楽しく生きることに努力を惜しまない姿なのかも知れない。

松村太郎  www.tarosite.net
ITジャーナリスト、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。大学時代よりモバイルとソーシャルの関係性について追究する。キャスタリア株式会社では、取締役研究責任者として新しい学びのスタイル「ソーシャルラーニング」の研究とプラットホーム開発に取り組む。近著に「タブレット革命」(アスキー・メディアワークス)「スマートフォン新時代」(NTT出版)「Facebook HACKS!」(共著、日経BP)「ソーシャルラーニング入門」(共訳、日経BP)「LinkedInスタートブック」(日経BP)など。

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