コラム&レビューコラム&レビュー

第3回:ずっと繋がっている、が正しい

2011/11/16 - 納富廉邦

僕たちは「無線」の意味を正しく理解しているわけではないのかもしれない、と思った。

無線、つまり、線で繋がっていないけれど繋がっている、という状況。それは、繋ぐためには線が必要だった時代から見ると、どうしても、線の代わりに「無線」があるように見えてしまう。だから、線=ケーブルの時代のように、必要な時にケーブルを繋ぐように、無線機器を利用してしまう。

そんな事を考えたのは、イーモバイルのPocket WiFiを使っていて、何だか無線を凄く勘違いしていたかもしれない、と思い当たったからだ。携帯型の無線LANルーターとも言えるPocket WiFiは、要するに無線公衆回線を使って、それを持っている人の周囲に無線LAN環境を作ってくれる装置だ。だから、無線LANを使いたい時に電源を入れる機器だと思って、当初、そんな風に使っていた。もちろん、それで何の不都合もない。カバンからiPadを取り出し、ついでにカバンの中のPocket WiFiの電源を入れる。iPadでの作業が終われば電源を切る。iPhoneは、ホットスポットなどの公衆回線があれば、そこに繋ぐし、無ければ3G回線で繋ぐ。どうしても無線LANの速度が必要な時、iPhoneでUstreamの中継をする時など、速度が必要な時だけ、Pocket WiFiに繋ぐ。

それで実用上、問題はなかったのだけど、渋谷でバスに乗っていた時、街に流れる微弱なFONの電波のせいで、iPhoneが上手くネットに繋がらなくなった。

よくあることで、普段は3G回線に切り替えるのだけれど、どうせならと、Pocket WiFiで繋いでみた。当たり前だが、とても快適にネットに繋がる。そうして思い浮かんだのが、その時に使っていたPocket WiFi機器の仕様。バッテリー持続時間の項目に「連続使用時間:約4時間、待機時間:約140時間」と書かれていたのだ。それを最初に見た時「何で待機時間が必要なの?」と思ったので覚えていた。使う時にだけ電源を入れて使っていたから、待機時間の意味が分からなかったのだ。しかし、そうではなかった。無線LAN機器は、電源を入れっ放しで利用するのが正しい使い方だった。待機時間は重要な意味を持つ物だったのだ。

次の日から、Pocket WiFiの電源を入れた状態でカバンに放り込んで出かけた。常時歩く無線LAN環境になるわけだ。

すると、iPhoneの3G回線を使うことは、ほとんどなくなり、iPadはいつ取り出しても、当たり前のようにネットに繋がる。つまり、iPadで書いた原稿は、即座にクラウドを通じてiPhoneにも、自宅のパソコンにも共有される。そのこと自体は、いつものことだけれど、歩く無線LANの場合、その「繋いでます」を意識しないで良いのだ。公衆無線LANのスポットがある場所なら、Pocket WiFiも繋がるから、接続の操作も必要ない。ずーっと、iPhoneもiPadも、デジカメに入れたEye-Fiも、常にLAN接続されていて、それを意識する必要さえ無い。

この感覚は、3G回線で繋がっているのとは、何処か違っている。今までの経験の中で、その感覚に一番近いのは、かつてダイアルアップで繋いでいたインターネットがISDNの登場で常時接続になった時の感覚。

「繋ぐ」という意識(=操作)をする必要がない、ということの解放感というか、ネットに繋がっているという意識無しで、ネットが利用できる心地よさ。無線であるということは、常に繋がっているという事なんだ、と、そこでようやく気がついたわけだ。当たり前のことだけれど、ずっと何かを繋ぐために、その都度ケーブルを繋いできたから、それに中々気がつくことができなかった。3G回線では、それを共有できない以上、そこには見えないけれど「線」が繋がっていて、無線だと思えなかったのだ。その意味で、単に1対1の関係が無線になったところで、今、現象として起こりつつある「無線」とは別物なのかもしれない。「無線」であることが、何かの未来を生むとしたら、線を別の電波とかに変えました、というものでは駄目なのだ。Pocket WiFiによって、歩く無線LANになって感じたのはそういうことだった。

だから、Pocket WiFiはコンパクトでなければならなかった。他社から発売されているような据え置き型ではないかと思わせるサイズのWiFiルーターでは、その本領を発揮することができなかったのだ。もちろん、待ち受け時間が長くなければいけなかった。実際、電源を入れっ放しで、街を歩き、四六時中Twitterをチェックし、原稿を送り、Webを閲覧して、6時間後に帰宅した時、まだバッテリーは半分も消費していなかったのだ。待ち受け時間が長い、とはそういう事だ。だから、安心して常時接続状態でいられる。バッテリーの心配をしないで済む、というのもまた、無線機器の重要な条件かもしれない。バッテリーもまた、有線的な制約を生むアイテムだから、持続時間が長いほど「無線」でいられる。無線充電システムが、公衆無線LANスポットのように各地に備わるには、まだまだ時間がかかりそうだし、そういう意味では、iPhoneを始めとするスマートフォンは、無線機器としては、まだまだ完成度は低いと言ってもいいのかもしれない。一方で、バッテリーに対して不満がほとんど無いiPadは、立派な無線機器だと言えるだろう。そして、もちろん、ずーっと繋がり続けている事(正確には、繋ぐアクションを起せば、即繋がる事だけど、まあイメージ上は)。繋ぐためのアクションさえ意識させない、というのが、正しい無線環境だろう。

そう思って、振り返ってみると、たとえばWiFi機能内蔵SDメモリーカードである「Eye-Fi」に、発売当初はあまり興味が持てなかったことを思い出す。それでいて、WiFi環境が無い場所でもiPadやiPhoneにデータを転送できる「ダイレクトモード」が搭載されたと聞くと、即購入した。これは、つまり、カードリーダーを無線化しただけのように見えた「Eye-Fi」が、本当の意味で「無線」になったと感じたからだと思う。デジカメで撮った写真が、その近くの、何らかのストレージに勝手に転送される、その常時接続感は、WiFiで同じネットワークにいるパソコンにしか繋がらない状況では味わえないのだ。そして、基本、デジカメが動いている間は、ずーっと、どこかに繋がろうとし続けているのも、「Eye-Fi」が正しく「無線」機器だと言えるポイント。繋ぐためにスイッチを入れたりしていては、常に繋がっている感覚は味わえない。

ある程度の速さでネットワークに常に繋がっていると実感できる状態になると、生活にも変化が出てくる。たとえば、何かあるとすぐにUstreamを使った実況中継を行う気になった。iPhoneと高速無線LAN環境とマイクがあれば、かなり高品質の放送ができてしまう。その全部を、わざわざ中継のためではなく、生活必需品として当たり前のように持ち歩いているから、特に、何かを意識する事なく普通にUstreamも使えるのだ。これは、3G回線や公衆無線LANスポットでのネットワーク利用では考えられなかった。ちょっとした取材を同時にネットで中継して、それを、見る側もiPhoneなどで気軽に視聴する。見たよ、とメッセージが入る。すぐ感想を聞くために電話する。その取材の原稿を書くために、iPhoneで映像を確認しながらiPadで原稿作成。すべてが、高速無線環境がパーソナルな環境の中で常時動いているからこそできる事で、そんなことは、多分、未来の普通。わざわざ、ネットワーク環境を探して、街をうろうろする必要は、既に今の時点で無くなっている。

未来の普通は、多分、3G回線も高速無線LANへと吸収する方向に進むのかもしれない、と感じたのは、歩く無線LAN環境になって、携帯電話網(いわゆる3G回線)で喋る電話の声より、歩く無線LAN環境経由で繋いだSkypeの音声通話の方が、音がクリアだということに気がついたから。Skypeだけではなく、FaceTimeでも同じ。音声通話品質も、少なくともiPhoneの環境の中では、インターネット経由の方が音質が良く、話が聞き取りやすかったりするのだ。それはiPhoneが電話としてどうなんだ、という話ではなく、音声にせよ、帯域が広く高速なネットワークの方が、データの品質は向上するという、至極当然の話。それ以前に、テレビは、あんなに高画質を売りにしているのに、何故、喋りたい人間の声という重要なコミュニケーションツールを扱っているはずの「音声電話」の音声の品質向上が、当たり前の要件になっていない、現在の電話業界がおかしいと思うのだけど、まあ、それは別の話(とはいえ、携帯電話の音質向上は、無線技術の中でも重要な位置を占めるはずだから、無線の話からズレた訳ではないのだ)。

子供の頃、「リモコンの戦車だよ」と貰ったオモチャは、ケーブルで繋がった戦車をコントローラーで動かすタイプの製品で、それはそれは残念に思ったのだけど、遊びながら、たとえ、これが無線であっても、あまり面白くないのではないか、と思ったことがある。無線でコントロールできたとしても、それは、自分の目が届く範囲でしか動かす事ができない。それならば、有線とほとんど変わらないじゃないかと考えたのだ。

今考えてみると、それは子供心ながら、双方向通信でなければ無線も有線も変わらない、ということに気がついていたのではないかと思う。テレビのリモコンが普及し始めた時も、どうしてリモコンに画面が付いてないんだ、と思っていたし、子供の直感力を甘く見てはいけない。というか、考えられる限りの最高にすぐ飛びついてしまうのが子供の思考で、だからこそ、「無線」の本質に気がついていても不思議ではない。子供が思う「凄い」を実現していく事こそ、未来の普通に繋がっていくはずなのだ。

つまり、「無線」は、「無線」で繋がっているということさえ意識しないでいられて初めて、未来の普通に繋がる技術としての「無線」になる、ということではないか。 >何度も書くけど、ケーブルの代わりに、電波が機器を繋いでいます、というだけでは、全然「無線」だと思えないのだ。線がなくなったから、どこにでも繋がりますよ、というのが、本当の無線だろう。現に、それに近い事を、Pocket WiFiも、Eye-Fiも、Jawbone JAMBOXも実現している。そして、そこまで来てようやく僕らは、「無線」というのは、「未来の普通」を越えて、もしかしたら希望になるのかも、と気がついたりする。オンオフを気にせずに使えるコミュニケーションツール、というと、もはやテレパシーか、という感じだけど、「無線」が行き着くはずの場所は、そういう、常時接続全方向通信機能。クラウド技術に期待が集まっているのも、常時接続全方向通信機能のストレージになり得るかも、という夢が透けて見えるからだと考えるのは、穿ち過ぎだろうか。

現状でさえ、ケーブルが無くなることで、「繋がっている」という状態を意識しないでも「繋がっている」という実感を常時味わえる。そして、それがとても気持ちが良い状態だと言う事は、たかだか、Pocket WiFi程度の機器を使う事でも味わう事ができた。ならば、今後の「無線」がもたらしてくれるのは、その状況を踏まえた、その先であるはずだ。もう「繋がっている」のは当たり前。そこに商売のつけ入る隙がないくらい、当たり前の事になっていなくては、その先なんか見えてこない。誰もが、特に意識しないでも、好きに繋がっていられる環境が整備された、そんな未来の普通の、その先。それは「自由」の概念に近づくはずだけど想像の先でイメージさえできない。でも、きっと、きちんと、子供が考える「凄い」を拾って、無線がもたらす「常時接続が当たり前」な未来の普通に向かう方向で、技術やアイディアを利権で停滞させる事なく生活の中に浸透させていければ、当たり前のように見えてくるはずだから、心配しなくてもいいと思う。今は、とりあえず、無線による双方向コミュニケーションがもたらす快適に、いちいち感動していれば良いのだろう。僕たちはまだ「無線」であることが、どれだけ凄いことを生むのか、まだ全然、把握し切れていないのだから。

納富廉邦
目利きライター。「Pdweb」「日経トレンディネット」「AllAbout男のこだわりグッズ」「コモノ1Topi」Web媒体、「夕刊フジ」「Android+」雑誌でモノ選びやプロダクト、電子書籍の記事を連載中。さまざまな媒体で、娯楽やグッズを通して人間の想像力について考察する記事を執筆。小物王などの肩書きでテレビやトークイベントで喋ったりもする。「やかんの本」「子供の本がおもしろい」「iPod Fan Book」「Drinkin'cha」など、著書多数。プロによる月刊同人誌「懐中雑誌ぱなし」編集長も務める。

コラム

レビュー:国内

レビュー:海外

このページのトップへ